ももんがあまんさんの旅行記
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旅行記タイトル:1988年のヨーロッパ、スウィッツランド(スイス)編
旅行期間:1988/05/13〜1988/05/20

旅行記の内容: アイルランドから、大陸ヨーロッパへ戻ってまいりました、ル・アールの港から、パリを経由して、一気にスイスへ、せっかくのユーレイルパスだから、使わにゃ損、と言うような、移動の仕方であります、我ながら呆れます。
それはともかく、スイスは、カエサルのガリア遠征の原因となった、勇猛なヘルウェティー族の土地、中世に於いては、独特の国家連合「スイス盟約者団」と、ヨーロッパ随一の「傭兵隊」の供給地として有名な土地です、不思議な話です、全ては、山国と言う、その土地に、秘密のある気がします。
写真は、スイスアルプスの中でも、一、ニを争う有名なお山、マッターホルンです、わざわざ、書か無くても、知らない人はいませんよね。
写真: アイルランドから、大陸ヨーロッパへ戻ってまいりました、ル・アールの港から、パリを経由して、一気にスイスへ、せっかくのユーレイルパスだから、使わにゃ損、と言うような、移動の仕方であります、我ながら呆れます。
それはともかく、スイスは、カエサルのガリア遠征の原因となった、勇猛なヘルウェティー族の土地、中世に於いては、独特の国家連合「スイス盟約者団」と、ヨーロッパ随一の「傭兵隊」の供給地として有名な土地です、不思議な話です、全ては、山国と言う、その土地に、秘密のある気がします。
写真は、スイスアルプスの中でも、一、ニを争う有名なお山、マッターホルンです、わざわざ、書か無くても、知らない人はいませんよね。
ツェルマット(ヴァレー州)
駅前ホテル&街並の写真です、ホテルの背景に、薄っすらと覗く、山並みが魅力で撮った写真だと思います、このホテルに泊ったのかどうかは、記憶にありません。

ツェルマット、街並&マッターホルン
ツェルマットの町から眺めるマッターホルンです。
建物は、殆どが、ホテルかペンションです、写真には、あまり写っていませんけれど、まだ、シーズンオフだと言うのに、ツェルマットは、観光客やら、スキーヤーで溢れていました、日本人らしき観光客も、わりと多い街です。

ツェルマット、街並
スキーヤー達が写っています、マッターホルンの、かなりの高さまで、リフトで連れて行ってくれるようです。
僕は、スキーには興味が無いので行きませんでしたけれど、スキーをやらなくても、行ってみるべきだったかも・・・、少し、もったいなかったかも知れません。

ツェルマット、墓地
写真では、あまり良く解かりませんけれど、とても美しい墓地でした。
多分、山男達のお墓も、たくさんあるのでしょうね。

ツェルマット、風景
ツェルマットの町外れの風景です。
街中よりも、この辺りの風景の方が、遥かに魅力的ですね。
勿論、街が駄目と言っているのではありません、町は、自動車の乗り入れ禁止、電気自動車が何台か走っている程度で、空気も美味しくて、安心して歩ける良い街です、念のため。
ただ、ホテルとペンションとお土産屋さんとレストランばかりが目に付く町ではあります。

ツェルマット、風景
ツェルマット2日目は、ゴルナーグラートまで、ハイキングです。

ツェルマット、マッターホルン
このまま進むと遭難しそうなので、遠くに見える、登山電車を目指して歩きました、雪を掻き分け掻き分け、たどり着いた後は、線路の上をテクテクと歩きます。

ツェルマット、マッターホルン
3日目は、スネガまで行きました、痛む足を引きずりながら、それでも完走、昨日よりも距離は短かったけれど、我ながら、なかなかの健脚です。
写真は、スネガからのマッターホルン。

ツェルマット、マッターホルン
花の写真やら、残雪の中の動物の写真等を撮りながらのハイキングでしたけれど、雪は、ますます深くなって、ついに、前進不能の状態となりました。

ゴルナーグラード(3100m)のマッターホルン
此処まで、往路約6時間、ツェルマット1600mから、更に1500m登りました。
軽いハイキングのつもりでしたけれど、くたびれました、登山経験ゼロとしては、頑張りました。

ゴルナーグラードからの眺望(氷河&鳥)
雪と氷、4000mクラスの山々のパノラマが見られます。

ゴルナーグラードからの帰路
帰りも線路の上を歩いて帰ります、それでも、帰路3時間、往復で9時間、歩き通しです、登山電車は、貧乏旅行者には高い乗り物ですし、仕方ありません。
けれど、5月と言うのは、ハイキングにはまだ早いですね、良く解かりました。

マッターホルン
マッターホルンは、なかなか、姿を現してくれないお山です、ツェルマットには、3日泊ったけれど、いずれの日も、朝のうちは、頂上を見せてくれたけれど、お昼以降は、雲に隠れてしまいました。
コレは、そんな中での貴重な一枚。

シオンの街並(ヴァレー州)
シオンの属するヴァレー州等、西南スイスは、ローマ人の撤退後、ブルグント王国となリ?フランク王国?西フランク?ブルグント復活?神聖ローマ帝国に吸収?サヴォワ家の支配 VS 自治運動?スイス盟約社団に加盟と、めまぐるしく変転の歴史を持っています、けれど、マア、これは、ヨーロッパでは言ってみれば、いずれの国もが経験してきた、ごく普通の、移ろいやすき、国家の歴史、というものなのでしょうね。
シオンは、そのヴァレーの州都、中世の一時期には、ヴァレー全体に、世俗的権力を行使していた、司教館(城)を中心として発達した古い町です。

シオン、ヴァレール城
シオンの丘の上にそびえる山城、ツインキャッスルのうちの一つです、スイスの観光局のホームページによれば、いまだ現役の、14世紀のパイプオルガン(ヨーロッパ最古)が、あるそうです、けれど僕が行った1988年時点では、入城できなかったような記憶が・・・まだシーズンオフであったのか、僕以外、観光客は、一人もいませんでしたし・・・。
けれど、丘の上の立ち姿が美しかったので、ずいぶんとたくさん、写真を撮りました。

シオン、ヴァレール城
他に、それらしきものが無かったので、多分コレが、この地域を支配していた、司教の館(城)なのだろうと思います、間違っていたら、ゴメンなさい。

シオン、トゥルビヨン城(廃墟)
丘の上の、ツインキャッスルの片割れですけれど、こちらは、ほぼ完璧に、壊れています、城壁しか残っていません、けれど、充分、かっこよいですし、見晴らしもなかなかです。

シオン、トゥルビヨン城(廃墟)
城の名前からもお解りのように、このあたりは、フランス語圏に入ります、ローマ以降、この地を支配したブルグント族ですが、結局は、地元の先住民、ケルト&ラテン・ローマ系の中に、吸収されてしまったようです。

シオン、トゥルビヨン城
岩の上のシルエットは、なかなかに絵になるお城です、無事であればと思うと惜しいですけれど、18Cに、火事で焼け落ちたそうです。

シオンの風景
お城から眺めた、シヨンの町です、スイスらしく、周囲を山々が取り囲んでいますけれど、スイスには珍しく、畑地らしきものも、かなりに広がっているのが見えます。

モントルー近郊、シヨン城
モントルーは、ジャズフェスティバルで世界的に有名な所です、そしてこの城は、「モントルージャズフェスティバルのビル・エヴァンス」と言う歴史的名盤の、レコードジャケットを飾っていた、名城です。

モントルー近郊、シヨン城
レマン湖畔に浮かぶように建ち、山々を背にした、美しい城です、デュマ、ユーゴー、バイロン、そしてあの、マダム・シェリー等、多くの芸術家に霊感を与えたと言われる、名城です。

モントルー、シヨン城
多くの芸術家達に「霊感」を与えた城ですが、僕には与えてくれなかったような・・・、責任はいずれにあるのでしょうか ? 城か ?? 僕か ?? マア、最初から、「芸術家」限定なんですよね。

モントルー、シヨン城(入口)
城の最初の所有者は、隣のシオンの司教で、その後12C、サヴォワ家の離宮となり、現在の城の形は、12?15Cに、繰り返し改造されたものだそうです、因みに、この城門は15C。

モントルー、シヨン城(内庭)
見た目は小さな城ですが、部屋数もたくさんあり、中庭も三つあります、こちらは、その一つ、サヴォワ(サヴォイア)伯は、この城を夏の離宮として使用したそうです、雰囲気があります。
サヴォワ伯とは、11世紀、この地を支配した、神聖ローマ帝国皇帝(ジギスムント)により、辺境伯(イタリアとフランスの間)として封じられた、ウンベルト一世に始まります。
その後、サヴォワ公国?サルディーニャ王国?イタリア王国と、なんとかかんとか、出世して、やがて、イタリアの統一に重要な役割を果たした事は、知る人ぞ知る所であります。

モントルー、シヨン城の展示品
城内には、武器やら武具やらの展示がたくさんあります、わりと小さくて、おもちゃのように見えますけれど、本物です、この頃のヨーロッパ人が小さかったと言うのは、司馬遼さんも書いていましたけれど、ホントのようです。

モントルー、シヨン城(地下室)
こちらは、兵隊さんたちの宿坊にもなったそうです、あまり、こんなところで寝たくも無いですね。
サヴォワ家以降のシヨン城の歴史は、1536年にベルンによって攻略され、永らく、ベルンの兵隊の駐屯地となります、そして、その後は、18世紀末に、ヴァレー(ヴォー)州(州都シオン)の所有となったそうです、一周して、元に戻ったのでありましょうか ??

ローザンヌの街並
モントルーから、レマン湖沿いに、ローザンヌ?ニヨンと廻りました。
ローザンヌの町は、ハイセンスで美しい町ですけれど、どちらかと言うと、買い物の町と言う感じでした、記憶は少し曖昧だけれど、確か、日本のデパートもあったような・・・気がします・・・ ??
レストランも高いので、駅前の露天商でピーチを買いました、昼飯&おやつです、けれど、コレでさえ、かなり高価、ピーチはヨーロッパでは、かなり大衆的で安い果物のはずなのだけれど、それでも、スイスでは高い。

ニヨン、街並
レマン湖のほとりに、立派なお屋敷の連なる、かなり、スノッブな感じの町です、かなり、お高く留まってるような・・・ひがみすぎでしょうか・・・ ??

ニヨン、ヨットハーバー
お屋敷街の湖畔には、当然のように、ヨットハーバーです、けれど、外洋ではないので、あまり大きな、クルーザーのようなものは、さすがにありませんね。
けれど、ニヨンに限らず、このレマン湖の湖畔と言うのは、スイスイで一番の、お金持ちの集まるところのようです、確か、オードリーも、この近くの村に住んでいたはずです。

ニヨン、ローマ遺跡のある公園
何故か、申し訳程度のローマ遺跡が残されて、公園の頂きを飾っています、なんとなく、このあたりにもスノッブな気配が・・・・、イヤミなような気がします、勘ぐりすぎでしょうか・・・ ??

ベルン
シルエットのとても美しい街です。
ベルンの町の起源は、11世紀末、この地域に勢力を広げた、ツェーリンゲン家によって、1191年に作られた計画都市(城砦)です、ツェーリンゲン家が断絶(1218年)して後、所領は解体、チューリヒ等と共に、帝国都市となり、自由と自治への道を歩み始めます。
その後、ベルンがスイス盟約社団に加盟するのは、1353年(ベルン同盟)のことです。

ベルン、メインストリート
旗日でしょうか、それとも、いつもの事なのでしょうか、いろいろと、旗がたなびいております、けれど、あいにくの雨模様に濡れています。

ベルンのシンボル(熊の兵隊さん)
メインストリートのど真ん中にある噴水で、熊はこの都市のシンボルです。
ヘルメットに槍に帯剣と、かなり、勇ましいマスコットです、自由と平和の国スイス、ベルンは、そんな国の首都ですけれど、それが簡単なものでは無かった事を想像させます。

ベルンの街並
このあたりの街並は、しみじみと落ち着いて、歴史を感じさせます、けれど、降り続く雨のせいか、川が溢れそうで、心配になります。

ルツェルン
「雨のルツェルン」と名付けました、わりとお気に入りの写真です、坂道を登る、相合傘のカップルが、よい雰囲気ですね、特に女性がおしゃれっぽいです。
ルツェルンは、スイス盟約社団(原初三邦1291年結成)と同盟を結んだ(ルツェルン同盟1332年)、最初の都市として、重要な都市です、それは、その後の盟約者団の発展(ハプスブルグ家の影響力の排除=スイス建国)の鍵となる重要な出来事でありました。

ルツェルン、カペル橋&風景
カペル橋(14世紀建造)は、街の真ん中を流れるロイス川に架かっています、渡るとミシミシと音が鳴るような気のする、年季物です。

ルツェルン、カペル橋
隣の塔は、水の塔です、一時期は例によって、牢獄、拷問部屋ともなっていたそうです。
カペル橋の絵は、かなりくすんで見えづらいものでした、その後、修復されたのでしょうか??

ルツェルン、ミルブリッジ&風景
こちらの橋は、ミルブリッジと言います、カペル橋の少し下流にあります。
この風景は、ルツェルンの町を取り囲む、城壁の、見張りの塔からの眺めです、なかなかにイケてますね。
ルツェルンの町は、1178年頃に誕生し、水路を通じての、周辺の地域との商取引で発展した街です、中世ヨーロッパらしい起源と歴史を持つ街と言えます、1230年には、市参事会も結成されています。
歴史ある、ルツェルンの町の美しさが、良く解かる風景ですね。

ルツェルン、城壁のある風景
街を取り囲む、城壁と、見張りの塔です。
中世の町には、必携の条件(風景)でしょうか ??

ルツェルン
城壁にある、見張りの塔の内部です、狭い部屋の中で、市民達は、何を考えて、窓の外を見張っていたのでしょうか ??

ルツェルン
城壁の外の風景です、スイスらしい、アルプスの山々が見えます。

ルツェルン、カウ
城壁の外の放牧地に牛がいました、首に大きなカウベルが付いています、牛にとっては、五月蝿くて迷惑なような気もしますけれど・・・どうなんでしょう ??

ベルン駅の戦車
ベルンに戻って、夜行でドイツへ向う事にしました、駅のホームに、貨車に載せられて、戦車がありました、普通の光景なんでしょうか、やはり、武装中立の国なんです。

♪小さな花に ♪口付けをしたら
♪小さな声で ♪僕に言ったよ
♪おじさんあなたは ♪やさしい人ね
♪私を摘んで ♪おうちに連れてって・・・
「花とおじさん」 作詞 浜口倉之助
良く映ってないし、名前も知りませんけれど、可憐な花でした・・・勿論、摘んだりは、しておりません。

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